御手洗(みたらい)
元来より潮待ち・風待ちに適した地形であった御手洗。
元々は平地がなく、ほぼ無人だった御手洗は、江戸時代に埋め立てられて作られた人工の町です。
江戸時代になって船が進化し、海岸線伝いに航行する「地乗り航路」から、より航行距離・時間を短縮するため瀬戸内海中央を 航行する「沖乗り航路」が主流になっていき、元々ほぼ無人であった御手洗に寄港する船が増えてきました。
1666年(寛永6年)に広島藩の計画により、埋め立てや港湾の整備が始まります。 寄港する船への水や食料品の販売を行っていた当初の商いから、問屋業に発展、次第にその規模も拡大していき、広島藩の中では 宮島、尾道、そして御手洗にのみ許可された米相場が立ちました。 さらには各藩お抱えの船宿ができるようになると、御手洗が流通の重要な拠点になります。船宿は、単に水や食料の補給や船員の宿泊 だけでなく、荷物の受け渡しや藩との連絡など事務所としての側面も持ち合わせていました。現在もいくつかの船宿の建物は、ほぼそのままの形で 残っております。
遠方との結びつきが強かった例としては、今でも海沿いに残る住吉神社があります。ここは関西の豪商、鴻池家が大阪の住吉大社を スケールダウンして寄贈したものとされています。
また、多くの人の出入りがある中で藩公認の遊郭も作られました。多いときは4軒の遊郭があり、花魁(おいらん)道中も行われていました。 最も大きかった遊郭「若胡屋(わかえびすや)」ではここ1軒で約100人の遊女を抱えていたそうです。この若胡屋は、遊郭としての役目を 終えたあと、寺院となり、その後内部は改装されて公民館となり、今も祭事やイベントなどで活躍しています。また、現在は中を見学することができます(火曜日は休館)。 当時の全国遊郭番付では、西の11番目に御手洗が記されており、まさしく海に浮かぶ繁華街でした。
当時の勢いを感じさせる行事がひとつ続いています。 1700年代中頃から始まったとされる夏祭りです。大人二人が乗り、歌いながら太鼓を叩く櫓(やぐら=だんじり、太鼓台とも言われる)を担いで地区内を練り歩きます。 地区内の家々は、家の前に家紋の入った青い垂れ幕と提灯を掛け、街中が祭り一色になります。 夜は、笹で飾り付けたシンプルな櫓に替え、人が乗っているにも関わらず、右に左に、時には逆さまに激しく倒しながら進んでいきます。 その櫓の周りでは、三味線と踊りが華を添え、船宿の二階ではお酒を飲みながら、その光景を見物しています。 現在でも7月第4土曜日は、御手洗が江戸時代にタイムスリップします。
幕末になると、歴史的な重要度が一層高まります。 1863年(文久3年)に京都でクーデターを起こし失敗した公卿のうち、三条実美(さんじょうさねとみ)ら7人が都落ちし(=七卿落ち)、長州へ戻る 際に滞在しました。その場所は、当時庄屋をしていた竹原屋で、現在は「七卿館(七卿落ち遺跡)」として保存されています。 1867年(慶応3年)には、当時庄屋だった金子邸において、長州軍と芸州軍が討幕のための約定「御 手洗条約」を結びました。御手洗には、坂本龍馬、大久保利通、中岡慎太郎など、幕末の重要人物も多く立ち寄っており、 数千人にも及ぶ薩摩・長州・芸州(広島)の維新軍の集合場所になるなど、倒幕運動を行ううえでの重要な拠点になっていました。 また、この当時、薩摩藩と広島藩の密貿易(薩芸交易)が御手洗を拠点として行われ、当時大変な力を持っていた薩摩藩の 重要な資金源になっていたことも明らかになっています。
また、人の行き来が増える中、文化的な交流も活発に行われました。 前述の金子邸の中には古い茶室が残っています。芸州浅野藩家老だった上田家に伝わる武家茶道、上田宗箇(うえだそうこ)流 の流れを汲むもので、その造りには大変歴史的価値があり、建物は市の重要文化財に指定されています。現在は、土日祝の一般公開(有料・平日は要予約) のほか、イベントなどでも使用されています。
正岡子規に「過去四国一の俳人」と言わしめた松山出身の栗田樗堂(くりたちょどう)は、晩年約10年を御手洗で過ごしています。 現在でも御手洗中央に位置する満舟寺(まんしゅうじ)に墓碑があり、生前は樗堂を訪ねて多くの有名俳人がこの地を訪れたそうです。
一風変わったところでは、日本で初めて自転車による世界一周無銭旅行を行った中村春吉(なかむらはるきち)の出身地でもあります。 昨今の自転車ブームでも大きな脚光を浴び、有名自転車雑誌などでもたびたび取り上げられるようになりました。世界一周後も頻繁に 海外渡航しており、軍事探偵をしていたのではなど、多くの謎も残っています。春吉の住居が近くにあった天満宮の境内には春吉の碑 があり、現在でも多くのサイクリストが訪れています。
明治になると、船の進化とともに徐々にその役割を縮小していき、昭和30年代には法律改正により、色街としての賑わいも失いまし た。そして、この辺りを境に急激に輝きを失っていきます。
次に光が当たったのが1980年代。映画「悪霊島」の舞台に選ばれ、御手洗を舞台にした大規模なロケが行われました。御手洗各所 を使用し、住民もエキストラ役に総動員されました。 その後、1994年(平成6年)に御手洗全体が国指定の「重要的建造物群保存地区」に選定されてからは、街並み観光に訪れる人も増え、現在では 日本中から、また海外からも足を運んでいただけるようになりました。御手洗は土地が狭いため、大きな豪邸は多くありません。しかし、その一見 地味な家々に使われている木材は立派なものが多く、柱や梁、建具など細かな部分に当時の繁栄ぶりを感じることができます。 江戸・明治・大正・昭和とさまざまな年代の建物が混在する、その個性的な街並は、多くの人を魅了し、映画やドラマ、アニメ、CMの舞台と して数多く使われています。 下に代表的なものをいくつか紹介しておきます。
年 | 種類 | タイトル | 出演・声優・監督 |
---|---|---|---|
1981年(昭和56年) | 映画 | 悪霊島 | 鹿賀丈史、岩下志麻 |
1981年(昭和56年) | 映画 | 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 | 渥美清、松坂慶子 |
1995年(平成7年) | ドラマ(フジ) | 小栗家の軌跡 | 中井貴一、藤岡琢也 |
2006年(平成18年) | 映画 | 旅の贈りもの 0:00発 | 徳永英明、櫻井淳子 |
2007年(平成19年) | CM | パナソニック「ココロつなぐ物語 第2話」 | 梅澤レナ |
2009年(平成21年) | ドラマ(NHK) | 火の魚 | 尾野真千子、原田芳雄 |
2011年(平成23年) | アニメ | たまゆら | 佐藤順一 |
2011年(平成23年) | 映画 | 聯合艦隊司令長官 山本五十六 | 役所広司、吉田栄作 |
2012年(平成24年) | アニメ映画 | ももへの手紙 | 優香、西田敏行 |
2013年(平成25年) | 映画 | 夏休みの地図 | 山本太郎、奥菜恵 |
2014年(平成26年) | ドラマ(NHK) | 戦艦大和のカレイライス | 秋元才加、三浦貴大 |
2014年(平成26年) | CM | 大塚製薬「オロナミンC」 | 桜井翔 |
2016年(平成28年) | CM | サントリー「オランジーナ」Part1 | サロメ・デ・マート |
2016年(平成28年) | CM | サントリー「オランジーナ」Part2 | サロメ・デ・マート |
2017年(平成29年) | CM | 日産「デイズ」 | 吉田沙世 |
2017年(平成29年) | CM | にしき堂「もみじ饅頭」 | - |
2019年(令和元年) | CM | 広島トヨタ | - |
2020年(令和2年) | CM | JR西日本「おとたび」 | 伊藤蘭 |
2020年(令和2年) | MV | 思い出せる恋をしよう | STU48 |
2021年(令和3年) | 映画 | ドライブ・マイ・カー | 西島秀俊、三浦透子 |
2009年(平成21年)には「安芸灘とびしま海道」が開通し、本州と地続きに。 本州呉市川尻町から伸びる橋は、下蒲刈島・上 蒲刈島・豊島・大崎下島(御手洗のある島)・岡村島(愛媛県)まで、県をまたいで繋ぎ、瀬戸内海の多島美を存分に味わえる 極上のルートとして、ドライブ・ツーリング・サイクリングなどに、またマラソンや自転車など各種イベントに幅広く利用されています。(本州~下蒲刈島間の安芸灘大橋のみ有料)
2017年(平成29年)には、経済産業省の選ぶ「プレミアムフライデー 全国オススメ旅行先10選」の中に中四国で唯一御手洗が選ばれ、 2018年(平成30年)には「北前船で栄えた港町」のひとつとして日本遺産にも追加登録 されるなど、非常に注目されている場所です。
とびしま海道の他の島々も、御手洗同様、映画やドラマのロケに多く使われています。こちらも参考までに近年の代表的なものをいくつか紹介します。
年 | 種類 | タイトル | 出演・声優・監督 | 場所 |
---|---|---|---|---|
2004年(平成16年) | 映画 | 海猿 | 伊藤英明、加藤あい | 上蒲刈島 |
2011年(平成23年) | ドラマ(日テ) | この世界の片隅に | 北川景子、小出恵介 | 上蒲刈島 |
2011年(平成23年) | 映画 | サルベージ・マイス | 谷村美月、宍戸開 | 下蒲刈島 |
2013年(平成25年) | ドラマ(フジ) | 海の上の診療所 | 松田翔太、武井咲 | 上蒲刈島 |
2013年(平成25年) | 映画 | 潔く柔く | 長澤まさみ、岡田将生 | 下蒲刈島 |
2015年(平成27年) | CM | ダイハツ「CAST」 | 板尾創路、綾部祐二 | 大崎下島(立花地区) |
2016年(平成28年) | 映画 | モヒカン故郷に帰る | 松田龍平、柄本明 | 岡村島を除く全島 |
2017年(平成29年) | 映画 | 孤狼の血 | 役所広司、松坂桃李 | 上蒲刈島 |
2019年(平成31年) | CM | ダイドードリンコ「MIO」 | 清野菜名、森優作 | 豊島、上・下蒲刈島 |
※ 火曜日は御手洗観光施設の定休日です。お越しの際は気を付けてください。